先の見えない話

前回に続いて最近調子の悪い景気の話し、ではない。プロジェクトの先が見えない状態についてである。マネジメントにおいて、ある事業の完了までにどの程度のリソースが必要であるかを予測することは大変重要なことだ。しかし特に研究開発では、これがままならない場合がある。ソフトウエアの開発などはその代表格だ。しかし、ソフトウエアに限った話しではなく、ベトナム戦争のような悲惨な見込み違いも多い。

このような事態は、無論見積もりが甘いから起こるのであるが、時代が進んでもいっこうに減らないところを見ると、どうもそれだけが原因ではなさそうだ。スケジュール遅れの渦中にあると、固有の問題に目をうばわれがちだが、多くのプロジェクトを少し距離を置いて冷静に観察するとそれらに共通する仕組みがあるのではないかというのが今日のテーマである。

「詳細化誤差発散仮説」、というのが今回提示する仮説である。非常に事態を単純化してみると、プロジェクトは限られた知識で計画し、実施に伴って知識が増えていく。プロジェクト全体の知識があれば誤差は生じないが、開発過程においては最初から完全な知識を持ってスタートする事は不可能であり、プロジェクト進行にともなって知識が追加されると仮定する。計画自体にプロジェクト遂行と同じ工数をかけてしまっては計画を立てる意味がない。そこで、仮に開始までに計画にかける工数はプロジェクト全体に対して無限に小さいとする。したがって、プロジェクトの遂行に伴って作業全体が無限に詳細化されていくことになる。

詳細化を進めた時に、どれだけの予想との誤差が変化するかを考える。普通であれば、詳細化によって誤差は減少する。予定が狂いやすい計画というのは、逆に詳細化によって誤差が増大しているのではないか。

詳細化後の誤差は詳細化されたミニプロジェクトの誤差の合成である。したがって、詳細化されたプロジェクト全体のリソースの誤差は、各ミニプロジェクトの統計分布によって決まる。この時、分割したプロジェクトのリソースの分布が、詳細化する以前より拡散している場合を考えよう。この場合プロジェクトを詳細化すればするほど、どんどん予想が判らなくなっていくことになる。

 

たとえば、プロジェクトの終了に必要なリソースの予想値が上の図のMAXとMINのように、進行に従って広がっていく場合が考えられる。このような場合は、詳細化が進むほど、見込みがつかなくなる。図のA点では、「まぁ1週間か2週間のうちには」と言っていたのが、B点に達すると、「1週間前か4週間後に出来そうだ」ということになってしまう。なんだかへんだが、このようなプロジェクトにはまった経験がある者には、その時の感覚とよくマッチすると感じるだろう。これが詳細化誤差拡散モデルである。

数学的には、実はこの例はおかしい。真の確率分布は、情報によりエントロピーが下がることはあっても増大することはない。プロジェクトの進行によって得られる情報は、必ず確率分布を狭めるめる方向に作用するはずだからだ。しかし、実際のプロジェクト管理では上記のような逆の経験が多い。原因は明らかで、予想値として真の確率ではなく恣意的な値を用いるからである。つまり、最初の確率分布は勝手な思い込みだ。

一方で真の確率分布など、だれも定義はできない。プロジェクトは一回こっきりであり、無限に近い回数繰り返してみて確率分布を求めるなどということは、机上の空論である。であるならば、真の確率分布や情報によりエントロピーが減少するというモデルにこだわらずに、上記の詳細化誤差拡散モデルを認めてしまった方がプロジェクト管理には有効ではないか。というのが私の主張である。

詳細化誤差拡散モデルを前提とすれば、様々な新しい見方ができる。まず、ここで確率分布はあくまで情報の制約による不確定性以上に「思い込み」の部分がある。詳細化により誤差が拡散するのは、恣意的な確率推定を前提とすれば、モデル化が可能だろう。場合によっては、真の確率を推定する手法も考案できるかもしれない。